庭園の真ん中で孔雀のように
遠目に眺めると、日本庭園の真ん中で、まるで羽を広げる孔雀のように咲く桔梗があります。
孔雀は、幸運や繁栄をもたらす縁起の良い鳥とされ、毒蛇や害虫を食べることから災厄を払う力を持つとも伝えられています。
剪定によって形が整えられたわけでもなく、自然のままに育ちながら、毎年このような姿を見せてくれる桔梗。願成寺の初夏の庭園のシンボルとして、守り神のようにも感じられます。
もっとも、近くでよく見れば、孔雀の羽のように理路整然と咲き並んでいるわけではないのですが。。。

毅然と前を向くもの。すっと首をもたげるもの。にっこりと微笑むようにこちらを向くもの。写真を嫌うかのように、そっと横を向くもの。今にも弾けそうな若々しい蕾もあれば、その役目を終えたかのように静かに花を閉じるものもあります。
桔梗の美しさは、見るものに媚びを感じさせない、掴みどころのない個性の集まりのような咲き方をするところにあると私はおもいます。
桔梗を形容するとき、「凛と咲く」という言葉をよく使ったりしますが、凛凛と重なれば、凛々しいに。
凛々しく生きるというと人一人の生き様のように考えてしまいがちですが、自分一人だけで凛々しい生き方なんてできない、周りの人々がいるからこそ、自分もまた凛々しくいられるのではないかと思ってみたり。。。
庭園の真ん中で留まるように咲くひと株の桔梗。眺めていると、そんな感謝の気持ちが湧き上がり、背筋が伸びる初夏のひとときです。
